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「損した世代」で終わらせない。氷河期世代の私たちが、人生の後半戦を軽やかに生き抜くための武器

  • 執筆者の写真: YUKI
    YUKI
  • 5月26日
  • 読了時間: 3分

街で見かける就活生たちのリクルートスーツ。 今は「売り手市場」と言われる時代。それでも、すれ違う彼らの表情はあの頃の私たちと変わらず、真剣そのものです。

私は、いわゆる「就職氷河期世代」のど真ん中。

実は私たちの代は、募集要項から「男子のみ募集」という言葉が消えた、改正男女雇用機会均等法の施行まもない時期でもありました。

すべての門戸が開かれたかのように見えた、あの春。 でも、待っていた現実は想像以上に過酷なものでした。


チャンスの幕開けと、時代の荒波

男性の数倍努力しなければ認められない空気。不況という名の荒波。 そして、どこを探しても見当たらない「お手本(ロールモデル)」という名の道標。

1999年には「派遣法」の大改正も行われ、雇用が不安定になり始めた時期でもありました。均等法でチャンスが増えたはずなのに、不況で椅子そのものが激減している。そんな、非常にタフなスタート地点に私たちは立たされていました。

「いつか、居場所がなくなるかもしれない」

同世代の友人たちが次々と不安定な雇用に流れていくのを横目に、私たちはそんな根源的な恐怖を抱えていました。その恐怖こそが、私たちを「社畜」と呼ばれるまで働かせ、同時に「自分を守る武器を持たねばならぬ」と駆り立てたのかもしれません。


ポストに届く「薄い封筒」の記憶

今で言う「お祈りメール」。当時は、すべてが郵送でした。

ポストに届く、持っただけでそれと分かる「薄い封筒」。 中を開れば、ペラペラの紙に書かれた「誠に遺憾ながら……」の定型文。

「どうせ採用する気がないのなら、募集要項に男女平等なんて書かないで」 そう毒づきながら、当時の私の心はひどく荒んでいました。


私たちは、ただ「損をしてきたわけではない」

あれから四半世紀近く。 紆余曲折ありながらも社会の中で、必死に生き抜いてきた今、世間からは「損する氷河期世代」と呼ばれます。国が打ち出す支援策も新しい手当も、どこかピントもタイミングもずれていて苦笑いしてしまうこともあります。

けれど、私たちはただ損をしてきたわけではありません。 より良くするために、ひたすらにもがき、鍛えられ、生き抜く力を手に入れてきた世代でもあります。


だからこそ、私は、私たちは強いのだ、と思うのです。

ここからの人生の後半戦は、もう恐怖に突き動かされるのはおしまいにしたい。 これからは数字と知識と経験という冷静で確かな味方をつけて、もっと賢く、もっと軽やかに生きていこうと思います。


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